2017年05月25日

北のミサイル連射の深層

 5月21日、北朝鮮がまたもやミサイルを発射しました。先週に引き続いての短期の連射です。日本政府や国連をはじめ海外の反応は例によって例のごとく、儀式化したパターンを繰り返していますが、非難声明を出すだけでは、全く何の意味もありません。経済制裁もほとんど効果を上げていないことは、莫大な費用が必要なミサイルの連射が証明していますが、この問題をめぐってもっとも重要なことは、北朝鮮のミサイルはどこを標的にしているのかということです。


 中国やロシアを標的にすることは100%ありえないことは明白です。もし仮にわずかでもその可能性があれば、中露とも北朝鮮を支持、支援することはありえず、容赦なく北朝鮮を叩き潰すはずです。少なくとも、緩衝地帯として北の体制は温存しつつも、核、ミサイル開発は実力をもって阻止、破壊するはずです。それをせずに、むしろ北支持で一貫しているということは、中露とも北が両国を攻撃することは100%ありえぬことを確信しているからです。


 ロシアはソ連時代にはある時期まで北を直接支援してきましたが、現在の北の最大の庇護者は中国であることは世界が認めるところです。ここで問題なのは、中国の北支援が経済的な領域だけではないということには、ほとんど焦点が当てられていないということです。北の核やミサイル開発はアメリカがひそかに支援しているとの情報もありますが、もし仮にそうであれば、北の核やミサイルが中国にも向けられる可能性はゼロではなくなります。仮に1%でもその可能性があれば、ロシアはもとより中国も座視するはずはありません。中露が北を陰に陽に支持、支援してきたのは、北の軍需技術を支援しているのはアメリカや親米勢力ではないことを証明しています。ではどこか。中国以外にはありえぬことは明らかです。 


 実は中国は、1970年代にはパキスタンへの核開発支援に乗り出し、長期にわたってパキスタンでの核開発を進め、同国を核保有国に仕立て上げたという。これは、故深田祐介氏が20年ほど前に出版された『激震東洋事情』(文春文庫)に書かれていたものですが、同書によれば、中国は技術者を派遣して、手取り足取りしながら核開発をイロハから教え、核実験のボタンも中国人技術者が押したといわれているほどの熱の入れようだったという。さらに加えて、中国は同国に、核弾頭搭載可能なミサイルまで送り込んだという。のみならず、中国はパキスタンに対してミサイル開発まで指導し、ミサイル発射実験も成功させたという。当時のパキスタンは世界最貧国の一つであり、物乞いの群れが国中に溢れたていたわけですが、その国情とは余りにもかけ離れた、中国の強力な支援を受けての核、ミサイルによるパキスタン軍の軍事力増強。今の北朝鮮にそっくりです。


 とはいえ、中国はパキスタンに対しては軍事支援だけではなく、ダムや火力発電所を建設し、原発まで輸出しているそうですので、少なくとも電力事情では民生向上にも協力はしてきたともいえますが、中国がこれほどパキスタン支援に力を入れてきたのは、中国の宿敵ともいわれるインドへの威嚇、恫喝が狙いです。パキスタンとインドとは、1947年にイギリスの植民地から独立する際、分離独立して以来、国境問題などで紛争が絶えず、3度も印パ戦争を繰り返すほどに修復不能な対立関係にあります。中国はそこに目をつけたわけです。


 1950年から始また中国政府による残虐非道なチベット弾圧に耐え切れず、1959年、ダライラマ14世はインドに亡命し、チベット亡命政府を樹立。中国がインドを目の敵にするのは、インドがダライラマ14世の亡命を受け入れ、チベット亡命政府を保護してきたことが最大の要因ですが、中国は1962年、インドにまで攻め入り、中印戦争が勃発。中国は武力ではチベット亡命政府を破壊することはできませんでしたが、インドの領土の一部を奪い取っています。自国の利益をのためなら手段を選ばず。


 インドは中印戦争では大敗し、甚大な被害をこうむりましたが、チベット亡命政府を追放せず、今も保護しつづけています。チベットは中国文化圏ではなく、インド文化圏下でその長い歴史を刻んできました。チベット仏教も直接インドから受容し、発展させたものです。チベット文字も同様インド由来、漢字とは全く無縁。にもかかわらず、中国は武力を使ってチベットを自国領土としましたが、それだけにはとどまらず、非中国的なチベット人の精神改造を狙って、今に至るも弾圧を繰り返しています。


 『激震東洋事情』によると、中印戦争で大敗したインドは、中国に加えて強大な軍事国家になったパキスタンからの攻撃に備えて、中国に近い北部にあった工業地帯を、55校の工業大学共々ごっそりと、中国からはもっとも離れた南部のバンガロールに移転させたという。この地はインドのシリコンバレーとして世界的にも有名になっていますが、その始まりが中国の攻撃を恐れてのことであったとは、インドが中国をいかに恐れているかが分かります。しかしインドはただ中国を恐れているだけではありません。自力で国を守る姿勢も堅持しています。核も保有していますが、核保有大国、中国を前にすると、インドだけを非難することはできません。


 しかし経済大国になった中国には、軍事力だけでは対抗することは難しい。どこの国であれ、この中国の経済力や中国市場を無視しては存続が難しいからです。事実、強大な経済力を得た中国は、その経済力を駆使して覇権の拡大に力を入れています。アジアインフラ銀行(AIIB)や一帯一路構想は、中国の国際的な影響力の大きさを世界に強く印象づけました。正式には参加していないアメリカと日本も、中国のもとになびき始めています。


 ところが、この中国を公然と批判する国が現れました。インドです。インドはアジアインフラ銀行(AIIB)には参加していますが、14日、15日、北京で開催された、中国が主導する一路一帯国際会議には、招待は受けたものの出席を拒否したという。詳細は産経新聞ニュース(2017/5/22)がインド・ヒンドゥスタン・タイムズ「公然とボイコットしインドは、最も声高な反対国となった」「資金調達法など説明要請を中国は渋った」と報道しています。この記事の前に産経新聞は2017/5/14インド、会議参加を拒否、中パ経済回廊に反発という記事でインドの不参加を報道していますが、不参加の理由は、22日のインド紙引用記事がより詳細です

 インドが出席を拒否したことはNHKも含めて他紙では報道していないはずですが、インド紙を引用した記事には、中国の「現在」が核心をついて簡潔に示されています。超大国と化した中国にも一切おもねることなく、事実をそのまま伝えるインド紙の記事には、一読後、粛然とさせられました。日本にはもとより、世界にもここまで書ける記者や新聞社はいないはずです。インドの不参加やインド紙の記事を紹介した産経新聞は貴重ですが、韓国政府に続き、中国政府からも嫌がらせを受けないかと心配です。

 実はインドの不参加を報じた記事は、本号のテーマを書きながら、どうしても解けない難問にぶつかっていた、その難問をも瞬時に解いてくれました。北朝鮮がなぜ、一帯一路国際会議開催直前に習主席の顔に泥を塗るようなミサイル発射を強行したのかという難問が解けずにいました。この難問が解けなければ、北の核、ミサイル開発は中国支援下でなされているという、本号の趣旨と矛盾します。誰も彼もが北のミサイルは習主席の顔に泥を塗ったとは指摘していますが、なぜ北がそこまで反中国的な行動を取りうるのか。にもかかわらず、中国はなぜその北の暴発を許しているのかなどについてまでは、探索しようとはしていません。

 本当に北が反中国的な行動を取ったのであれば、北の背後には中国以上の強力な支援者が存在することになりますが、それはアメリカ以外にはありえぬことは言うまでもありません。しかしアメリカが中国に対抗して北の支援者になることは100%ありえません。もしそうであれば、中露も北を支援、支持するどころか潰しにかかるはずです。

 しかし一帯一路国際会議開催直前の5月13日に、インド政府が公然と中国からの参加招待を拒否し、覇権国家中国の隠された野望と中国による開発支援事業の悲惨な実態の一端に触れるような声明を臆することなく発表したという事実が分かれば、13日の北のミサイル発射が中国支援のもとで行われたこととが矛盾なくつながります。インド政府の不参加表明が世界中で報道されるならば、中国にとっては習主席の顔に泥を塗られるどころの話ではなく、一帯一路構想そのものへの疑問が惹起され、構想にかける中国政府にとっては致命傷にすらなる恐れさえあります。しかしこの危機は、13日の北のミサイル発射騒動で完全に隠蔽され,回避されました。 

 さらには2週連続で、21日にも北はミサイルを発射しました。しかも超異例の夕方の発射です。この発射は、中国の一帯一路構想がはらむ闇を冷静に報道したインド紙の記事が掲載された日でもありますが(産経が22日に同記事を紹介)、アメリカのトランプ大統領が初の外遊先のサウジアラビヤで開催する、イスラム圏50カ国の指導者との会議当日でもありました。アメリカが空母2隻を派遣しての北への威嚇を完全に無視するパフォーマンスです。これこそトランプ大統領の顔に泥を塗ることを狙ったものだといえそうです。

その上さらに、トランプ大統領がサウジとミサイル売却(12兆円!)で合意したそのさ中に、北はミサイルを発射した後、ミサイルの量産を指示しました。アメリカをバカにしているとさえ思えるようなタイミングですが、この離れ業は、北朝鮮単独では不可能です。

 さらに偶然なのか、20日には、中国がアメリカのスパイ12人を殺害したことがニューヨークタイムズで報道されました。このニュースは、中国政府が、アメリカ政府を威嚇するために意図的に流出させたものだと思われます。つづいて22日には、日本人6人がスパイ容疑で拘束されていることを、中国外務省が記者会見で明らかにしています。こちらは日本政府に対する威嚇ないしは嫌がらせでしょう。

 一帯一路国際会議を華々しく開催はしたものの、実のあるものに展開してゆく見通しは立っていないはずです。北朝鮮を使って隠蔽工作には成功したものの、インドが指摘する中国主導による開発実態の悲惨さは、図星をついているだけに、中国政府はその欠陥を埋めるためには日本を引きずり込みたいはずですが、自らは日本に頭を下げてまでは頼みたくはない。逆に日本が頭を下げて参加を申し入れる状況をつくってやろう、と考えても不思議はありません。

 今や中国市場抜きには、国であれ企業であれ、存続することは難しいのは事実ですが、国際的な影響力が強くなれば強くなるほど、中国は世界に対しても自国の国益最優先を遠慮なく要求してきます。ここが対中関係の難しさですが、WHOにはオブザーバとして参加してきた台湾は、22日に開催された総会には、中国政府の妨害で参加できなくなっています。しかし、国連を私物化する中国の横暴にもどこの国も抗議していません。今や国連も中国や韓国の私的機関となり下がっています。このままさらに中国が強大化すれば、中国は容赦なく覇権の牙をむき出してくるはずです。

 この中国に対して、たった一国で堂々と正面から立ち向かうインドには敬服します。中国に歯向かうと必ず報復があることは数々の事実が証明していますが(アメリカに歯向かっても必ず報復がありますので、大国に歯向かうと必ず報復があるというべきなのでしょうが)、報復を恐れぬインドは、自力で自国を守ろうという気概に満ちているのだと思います。中印戦争ではインドは中国に大敗し、多くの戦死者を出した上に、領土の一部まで奪われたもかかわらず、それでもなお中国を恐れぬとは! しかも中印戦争当時とは比較にならないほどに中国は超大国になっています。インドも当時とは比較にならないほどに強国になったとはいえ、中国はアメリカと覇権を競うほどにもなっています。

 日本にもっとも欠けているのは、まさに独立自衛の気概です。この自衛とは、武器をもって戦うことではありません。外国の支配から独立しようという気概をもつことです。ここでいう外国とは、アメリカのみならず中国、韓国をも含みます。この課題は、日本政府や政治家、官僚のみならず、日本のマスコミ各社、そして我々日本国民全員が自らの覚悟と責任でもって負うべきものだろうと思います。


 日本の真の独立なしに、憲法改正も共謀罪も真に日本国民と日本国を守るものとはなりえません。 

 

posted by 久本福子 at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2017年05月10日

諫早干拓の反公共性


昨日(5/10)、本ブログ「諫早干拓の反公共性」公開後、twitterで更新のお知らせをしたのですが、本日(5/11)twitterを確認したとろ、そのページは見当たりませんとの表示が出てきてビックリ。原因を調べたところtwitter上に表示されている「諫早干拓の反公共性」をクリックすると、本ブログとは異なったアドレスが表示されていました。見当たらないはずです。twitterからは不正ログインの連絡はきていませんので、どのようにしてアドレスが書き換えられたのは不明ですが、本ブログの正しいアドレスはashi-jp.sblo.jp/article/179701438.htmlです。次の更新までは、TOPページashi-jp.sblo.jpでも同ブログが表示されています。なお偽アドレスは削除しましたが、赤文字の数字の部分が「17901194」と書き換えられていました。(5/11)


前回、前々回のブログ更新後に、タイトルなし、本文なしの空白のままのブログが次々と更新されるという異変が発生しました。当初はその原因が分かりませんでしたが、実は、twitterを使った嫌がらせであることが判明しました。twitter(会社)から、通常ではないログインがあった旨連絡があったのですが、twitter上には盗まれるような情報もなく、さして問題も感じずにそのまま放置していました。ところが、その後、同じ連絡がtwitterから届きました。ちょうど、ブログ更新後に再び空白のブログ更新がなされていたのですが、すぐには両者が結びつきませんでした。異変が続くので問い合わせをしていたブログ運営会社から、空白のブログ更新はtwitterからなされているようだとの指摘を受け、twitterへの不正ログインが何のためになされていたのか、やっとその理由が分かりました。


パスワード変更は面倒なので、いずれも開設以来一度も変更せずにきたのですが、すぐさまパスワードを変更し、ブログとtwitterを自動的に連動させていた設定も解除しました。以降は、不正ログインも空白のブログ更新も発生していません。twitterからの連絡によると、不正ログインは2度とも福岡市博多区からなされているとのことでしたが、博多区内には知り合いはいませんので、見知らぬ誰かが嫌がらせをしていたようです。どこの誰か教えていただけないかとtwitterに問い合わせましたが、これには返信はありません。



では、本題です。4月17日、諫早湾干拓の潮受け堤防排水門開門差し止めを求めて、営農者らが国を提訴した裁判の判決が長崎地裁で出されましたが、地裁は農地に甚大な被害が出るとの理由で差し止めを命じました。この裁判の前段として、漁業者側が起こした裁判で、2010年12月、開門をkodomo-bb3s.gif命じる福岡高裁の判決が出ましたが、この判決に対して、時の菅直人総理が野党時代に反対していたことから、控訴しないことを決断、福岡高裁の判決が確定しました。翌2011年4月、営農者らが国に対して開門差し止めの訴訟を提起したものの、国は開門の必要性について全く主張せず、当然のことながら原告営農者側の全面勝利の判決となりましたが、25日、国は控訴しないことを表明し、あらためて開門しない方針を明確に示しました。


諫早湾干拓事業をめぐっては漁業、農業双方から裁判が起こされ、相反する判決が出されるという異常な事態になっていますが、時事ドットコムの諫早湾干拓訴訟をめぐる動きには、干拓事業と訴訟との関係が、工事開始から現在にまで至る時系列に沿って簡潔にまとめられています。問題は、この事業が我々国民にとって真に有益なものであるのかどうかという点にあります。この事業には巨額な税金が投入されていますが、これらの費用については朝日新聞WEB201746先見えぬ諫早干拓事業、続く税金投入 閉め切り20年に分かりやすく図表化されたものが出ていましたので、これを参照しました。


記事によりますと、同干拓事業の総額は2530億円、消えた干潟1550ヘクタール、売却額50億円。今後も発生し続ける費用は、有明海再生事業498億円(予算ベース)、調整池水質改善352億円(決算ベース)、漁業補償7億6500万円=857億6500万円ですが、この857億6500万円は、現時点での金額ですので、今後はさらに増加しつづけることになるわけです。


調整池とは、諫早湾の深奥部を潮受け堤防(ギロチン)で締め切って造られたものですが、流れを遮断しているので、池の水質汚染が昂進、常態化し、絶えず水質改善策を講じざるをえない状況です。(参照:諫早湾開門ほんとうに大丈夫なの?WWFジャパン)その調整池水質改善には長崎県も費用の一部は出しているようですが、長崎県には国からの交付金などが入っているはずですし、干拓工事完了後も、農地維持のために巨額の税金が投入されていることは紛れもない事実です。この事実は干拓事業には何ら正当性のないことを証明していますが、我々国民はもとより、農業当事者自身もこの事実を直視すべきです。本来ならば、農地維持費用は一般農業者同様に、農業者自身が負担すべきではないですか。しかしその額が巨額ゆえに、農業者自身が負担することは不可能であることから延々と税金が投入され続けているわけです。諫早湾干拓事業の現在の姿は、日本では公共事業にいかに杜撰に巨額の税金が垂れ流し的に投入されているかを象徴していますが、さらに問題なのは、この干拓事業で何が失われたのかということです。


失われたものは、いうまでもなくかつては宝の海と呼ばれていた豊饒な有明の海です。漁業被害では、ノリ養殖がその筆頭事例として挙げられますが、西日本新聞によると、有明海西部(調整池に近い海域)でのノリ養殖は、調整池から流入しつづける汚染水の影響をもろに受け、今なお壊滅的な打撃を受けているそうですが、反対側の東部でのノリ養殖は近年は豊作が続いているという。と聞けば、干拓事業の悪影響は有明海全域にまでは及んでいないのかのような印象を受けるかもしれませんが、有明の漁業はノリ養殖だけではありません。


葦書房刊の中尾勘吾写真集『有明海の漁』(1989年刊、15345+税)は、干拓事業による埋め立てが始まる前の有明海を詳細に記録した写真集です。中尾氏は長崎県在住の登山家、写真家ですが、高校の教師をしながら、干拓で消滅するかもしれない有明海を記録しておきたいとの思いから写真を撮り始め、7年かけて有明海全域を回って写真に収められ、それをまとめたのが本写真集です。しかし有明海の全貌をとらえるにはさらに時間が必要だと、中尾氏は「あとがきに」に記されています。有明海はそれほどに奥深い世界だということですが、本写真集には、有明海の漁と人々との暮らしの在りようとの、有機的につながりが重層的に映し出されており、見る者にも有明海が育んできた世界の豊饒さが十分に伝わってきます。


中尾氏は本写真集刊行のぎりぎりまで撮影を続けておられたようですので、198612月の干拓事業の工事着工時前後までの有明海の姿が記録されていることになりますが、おそらく干拓事業前の有明海の記録としては、他に類書、類例はないはずです。干拓事業による漁業被害については、干拓事業前の漁についての記録が乏しいことが、被害の証明を難しくしているとの記事が西日本新聞に出ていましたので、その意味でも本写真集の貴重さがお分かりいただけるかと思います。本写真集には、漁船上や水揚げされたばかりの、漁の現場で撮影された多種多様な魚介類の写真が収められていますので、裁判でも生の証拠となりうるものばかりです。


有明海といえば、ムツゴロウやタイラギ、シャミセンガイ、ワラスボ、アブッテカモ、エツなど有明海や潟特有の魚介類が有名ですが、こうした魚介類はもとより、一般的なタイやヒラメやカレイや車エビやタコ、イカ、スズキ、カワハギ、コノシロ、フグ、タチウオ、サワラ、ウナギ、シャコ、ハゼ、カザミ(カニ)、アサリなども獲れていたという。写真集には64種の魚介類が紹介されていますが、おそらく現在、有明海からはこうした魚介類はほとんど姿を消しているのではないか。有明海ではさらにノリ養殖のほかに、昆布やわかめの養殖もなされていることが紹介されていますが、おそらく昆布やわめの養殖は消滅させられたのではないか。干拓事業による漁業被害は、ノリ養殖だけではなく、干拓事業前には、事実として収獲されていた多種多様な魚介類の存在の有無をとおしても明らかにすべきではないか。


写真集には、干拓事業が始まる前からも、有明海の漁は様々な障害を受け、魚種によっては漁獲量が徐々に減少している状況も記録されていますが、そうした状況下でも、固有種以外にも非常に多種多様な魚介類が収獲され、漁業者の暮らしを支えていることが写真からも伝わってきます。漁によって人々の暮らしが支えられているということは、豊漁を祈り、豊漁に感謝する様々な祭りや風習、習俗等が代々受け継がれ、地域に根差す文化として人々の暮らしを豊かに彩ってきていることも、写真集は雄弁に語っています。


しかし有明海の漁が衰微した現在、こうした祭りや風習も一部では消滅させられてしまっているのではないか。とするならば、有明海沿岸で暮らす人々が受けた被害は、漁業被害だけで算出されるものではなく、それ以上の甚大なものになるはずです。この干拓事業の最大の問題は、漁業者が受けた甚大な被害が、その犠牲に耐えうる事業の結果によるものではないという点にあります。干拓事業の目的は当初予定より転々と変わり、最終的には農業用地利用に行き着きましたが、漁業を犠牲にしてまで農地のために干拓する必然性は皆無です。干拓地は当初の予定では農業者に直接売却するはずでしたが、希望者が少なく、長崎県が設置した農業公社が50億円で買い取り、農業者に貸し出すという方式になったらしい。おそらくタダ同然で貸し出しているのではないか。干拓事業のみならず、農地運用にも税金投入です。その上、調整池には半永久的に水質改善のために税金を投入せざるをえません。これほど無意味な税金の無駄使いはあるでしょうか。


調整池の水質改善も有明海の再生も、海と海に棲む生き物たちが担ってきた自然の治癒力を回復させ、その力を最大限活用する方策を探る以外には根本的な解決策はないはずです。以下は、西日本新聞の記事「有明海は今」を参照したものです。アサリなどの二枚貝は、プランクトンを食べ、きれいな海水を吐くことから海の「浄化器」と呼ばれているそうですが、中でもタイラギの浄化力は群を抜いており、有明海最大の「ろ過装置」とまで呼ばれているそうです。西海区水産研究所によれば「最盛期の年間漁獲量の3万6000トンのタイラギが生息すれば、有明海の3割に当たる湾奥部を6日間で浄化できる」という。湾奥部とは潮受け堤防で締め切った調整池のことですが、自然の治癒力のもつ凄さが伝わってきます。調整池と有明海の浄化のために、これまで850億円もの巨額の税金が投入されたものの事態は全く改善せず、今後も税金を延々と投入せざるをえないわけです。この事業がいかに正当性を欠いたものであるかを、あらためて認識せざるをえません。


こういう事業を強行してきた政治家と官僚は、この惨憺たる現実を直視するならば、のうのうと税金で生活してきたことを恥じて、この世から姿を消さざるをえなくなるはずですが、彼らには恥の意識はひとかけらもなく、今後もこの干拓地に巨額の税金を投入しつづけるつもりらしい。長崎県産の農産物が福岡にも大量に流入してきていますが、他の農業者並みに農地維持費用を自己負担していたならば、非常に高額な価格にせざるをえないはずです。開門に反対するのであれば、有明海の再生費用とまではいいませんが、少なくとも農業用地のために造られた調整池の浄化費用は農業者自身が負担すべきではありませんか。国が全ての責任を持つとの約束で入植してきたのであれば、我々国民は国に対して、不当な税金浪費の差し止め請求並びに損害賠償請求をすべきではないかと思います。


膨れ上がる一方の日本の負債は、増大しつづける社会保障費が大きく影響しているとはいえ、公共事業の垂れ流し的浪費も負債増の要因の一つのはずです。公共事業の縮減を敢行した小泉政権時代や、自公政権の公共事業重視策を批判して「モノから人へ」策を推進した民主党政権時代の、惨憺たる結果を見れば、公共事業そのものの否定は我々の生活基盤の弱体化につながることも実体験済みですが、ただ目先の経済浮揚策としてのバラまき的公共事業の横行は、生活基盤の強化にはつながらないどころか、破壊するための税金浪費にしかすぎない事例も多発します。諫早湾干拓事業はまさにその典型例です。農水産省は、昨今の逼迫する物流事情を受けて、長崎県の農業者には格別に配送の支援までしています。干拓地の農業が失敗すれば、干拓事業そのものの失敗が白日の下にさらされるのを恐れて、ここの農業者のみを格別に支援しているのでしょう。保身のためには、税金の浪費も厭わず。


東日本大震災や熊本地震災害で、公共事業は突出して増加せざるをえない事態がつづいていますが、東京五輪も加わり、公共事業はさらに増大しています。そうした中で、震災2年目を迎えた今年の4月には、熊本地震の復興事業には、入札不調事例が昨年の15倍にまで達しているという事実が明らかになりました。入札不調の大半、8割以上には、1社の応札もなかったという。安いので請け負い手がいなかったわけですが、その一方で、干拓事業には垂れ流し的に税金が投入されつづけている理不尽さ。さらに加えて、大阪府が万博開催に名乗りを挙げ、政府も全面的に協力する姿勢を表明しています。もしも大阪府で万博開催が決まるならば、新たな公共事業が発生します。被災地に回るべき資材も人手も高騰し、復興事業は頓挫状態がつづくのではないか。


ここでNHKラジオで聞いた、公共事業に関するエピソードを紹介します。わたしの記憶にもないので、かなり昔の話だと思いますが、イギリスのロンドンで大火が発生した時の話です。被災地ロンドンの復興に際して、復興事業を優先させるために他の公共事業は3年間停止させ、カネも人も復興事業に集中的に投入して、短期のうちに見事に復興を果たしたという。以前に紹介したロンドン五輪後の施設を貧困層のための住宅に転用した話といい、ロンドン大火被害からの復興事業といい、こうした公共性は日本政治にはもっとも欠けているものではないか。


また何度か取り上げているドイツとの対比からも、日本政治の同様の欠損が見えてきます。日独は共に、敗戦国として戦後をスタートし、工業立国として世界に冠たる地位を築いてきましたが、その内実には大きな違いがあります。ドイツは冷戦終結の流れを受けて、東西ドイツ統合という、国家的規模での巨額の不良債権を抱えたものの、大学まで教育は無料、医療も無料という高度な社会保障体制を現在まで維持しつづけてきました。しかも国の借金はゼロかゼロに近い。日本との違いは余りにも大きすぎます。日独では、税金の使われ方が根本的に異なっていることは明白です。

必見!


タイ

仏の国の輝き


九国博



今の日本でドイツの真似をすることは不可能ですが、仮にドイツに倣うとしたならば、さらに巨額の負債を加速度的に増大させる結果になるだけです。今、我々がなしうることは、なぜ日独の間にはこれほどの差が生じてしまったのか、その背景を探ることだろうと思います。この差は何に起因するものなのか。日英間でも違いが明らかになった公共性に対する認識において、日独間でも根本的な違いがあったのではないか。諫早湾干拓事業という公共事業は、日本の公共事業の非公共性、というよりも反公共性を如実に象徴しています。日独は共に戦後をゼロからスタートしたにもかかわらず、日独の間にはなぜこれほどの違いが生じてしまったのか。諫早湾干拓事業は、その答えの一つになるはずです。


posted by 久本福子 at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評